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しゃべれるんです!、神様ありがとう。
私はしゃべれるようになっていました。やっと正気?を取り戻した時言葉が出ていたんです。あんなにロレツが回らずしゃべれなかったんですけど声が出たんです。まさに奇跡的ですよね。おそらく家族はしゃべれるなんて思ってもいなかったでしょう。これは家族にとってとりあえず嬉しいニュースだったはずです。目が見えず言葉も出なかったとしたら今の私とは違った人になっていたかも知れませんね。
声が出てしゃべれたといってもその声はささやくといった感じでした。しっかりした強い声が出ないんです。だから田島(ニコ)じゃなかったM先生やTちゃんと交わす言葉もそれはそれは小さいかすれたような声だったんです。M先生も「元々こんな声ですか?」と家内に尋ねたほどでした。「そんなことはないよ」とハッキリと言いたかったんですけど、実のところ私は若い頃にノドを壊していて大きな声が出なかったんです。良く言えばハスキーということですが、まるで芯の抜けたような弱々しい感じの声だったので私としてはとても嫌だったんです。その声が益々かすれてしまったわけです。私は「これから先会話は出来るのかなあ?」などと、今までロレツが回らずしゃべれなかったことを完全に忘れてしまって、実に贅沢としか言えないことを考えていたんですね。まったく人は勝手なもので一度幸せになるとそれ以前の状態については簡単に忘れてしまい、「感謝」という言葉を知らない生き物になるようです。実に我がままですよね。
ベットサイドでのリハビリが一週間ほど続いた後、いよいよPTの訓練室に出向いてのリハビリが始まりました。トレパンとトレーナーに足にはおニューのスニーカーというスタイルでしてね(ニコ)。初めの数日はナント「ストレッチャー」で行きました。そうあの横になったまま移動出来るベッドに車輪の付いたストレッチャーです(ニコ)。私はまだ車椅子には乗れなかったんです。PT室に着くとまずM先生とTちゃんは私をヘンテコな機械の上に乗せ換えたんです。先生の説明によると、これはまずベッドに横になった状態から徐々にベッドを起こして行き、最後には垂直に近い位置まで起こす機械らしいんです。身体はベルトでしっかり固定してありました。そして足先にはステップがあり垂直すなわち立ち上がった状態になるとしっかり足で踏ん張ることになるんです。と言っても私はまだそんな力はないわけでして、ふらつかないように私のヒザ辺りにもしっかりベルトが巻かれて固定されていたようです。Tちゃんはまず私の左腕に血圧計を取り付けました。それからゆっくり起こして行き途中何度か機械を止めて血圧を測っていたようです。私は身体が起きて行くにつれて重力が胸からお腹そしてお尻に移動するのをハッキリと感じました。それは内臓のすべてがお尻の穴から飛び出して来るかと思うくらいのすごい勢いでしてね(ニコ)。人は通常立って生活するのが自然です。そうすることで身体のあらゆる機能がバランス良く働くわけですよね。そんな自然にやっていることが私たち患者にとってはまさにうらやましいと思えるほどなんです。病気をやったからこそ感じた健康の有り難さでした。要するにこの機械は身体を垂直状態に慣れさせるものなんでしょうね。とにかく寝たままの状態が長く続いたのでまずはこんなリハビリから始まったようです。
そんな普通の人に戻るためのリハビリが数日続いたある夜のことです。熟睡していた私は突然せき込みましてね。激しくせきをした瞬間たんが出たんです。汚い話で申し訳ないんですが、それは口いっぱいになるくらい大量だったんです。私はあわててまくらもとに置いてあったティッシュを何枚も取ってはき出しました(ホッ)。するとどうでしょう、ノドの辺りがスーッとしたんです。そして何となく声を出してみたら楽に出るんですね。それは病気前の私の声でした。力強いとは言えませんがささやくといった感じではなく、以前にかなり近いハスキーな声に戻っていたんです(ニコ)。「これで先生たちとも普通にしゃべれるよね」と私はただ単純に喜んでいたようです。後で考えてみるとそれはりはびりが始まり身体をそれなりに動かしていたので、ノド辺りに溜まっていた大量のエヘン虫が外に飛び出して来たんでしょうね。これも普通の人に戻るための小さな一歩だったようで、やはりリハビリのお陰だと思うんです。
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未分類 | 14:58:50 | Trackback(0) | Comments(0)
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