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「熊本地震・その1、大地震・避難、初めての経験でした」
     「熊本地震・その1、大地震・避難、初めての経験でした」
こんな大地震、私は60年ほど生きて来て初めて経験しました。我が家の86歳のじいちゃん・そして近所の90歳ほどのばあちゃんでさえ「生まれて初めて!」という大きな地震でした。震源地の益城町や隣接する熊本市内そして西原村などは震度7という強烈な地震だったようです。ビルや家屋は倒壊し直後から電気・水・ガスがすべて次々と止まったそうです。幸いなことに私の住む八代地区は震度6弱だったそうで瓦などが落ちたりしたとのことですが、家屋が倒壊したといったことはほとんどなかったようです。それと電気・水・ガスなどライフラインも停止することもなく、被害の大きかった益城町などには本当に申訳ないのですが「まったく普通!」でした(すみません、ペコリ)。
震度7の益城町や熊本市内へは我が家から北へ20~30キロほどしか離れていないんですが…。やはり地下の活断層がどこを通っていたかがその分かれ目のようです。いやー、実に怖い!ことですよねえ。
私たちは3度避難所に移動しました。以前お話ししたように私はその時は肋骨を骨折してから1カ月とちょっとでして、やっとやっと痛みがやわらいで来たところでした。そんな時に避難!です。1回目は益城町が二度目の震度7を記録した時です。その時はナント「津波注意報」が出ましたので、急いで車に乗り避難しました。津波、それは怖いですよね。その怖さは東日本大震災で十分過ぎるほど聞きましたので、私たちとしても知ってはいるつもりでした。車に乗っていざ出発。しかし我が家の前の道路に出よう年てもナント道路は渋滞していて出られません。我が家から海までは本の数キロ。それでみんな車で逃げようと必死なんです。それでも何とか道路に出まして海とは反対方向へ。しかしここら辺りは大昔からの干拓地でして、高い所がありません。とにかく台風や大雨の時の避難場所となっている地区の施設の駐車場へ入りました。そこで「津波注意報は解除されました」とラジオで聴きまして…(ホッ!)。それを聴いて「それじゃ家に戻ろう!」と引き返しました。家は特に傷んでいる様子ではなかったので、年寄りたちは自分の部屋に戻ってそのまま寝たようです。しかし私と家内そして娘の3人は「まだ怖いよう!」ということで、その夜は庭に止めた車の中で寝ることにしました。
その後、八代市は震度5強・震度5弱と続いて発生しまして、その度に避難所へ直行しました。その度に骨折している部分の痛みは徐々に増して来まして…、もう溜め息でした(フーッ!)。

私たち障碍者の避難は正直言って大変です。避難所での生活は健常者であってもつらいものです。私は車椅子を使っているので乗り降りがとても大変です。夜中にトイレに行く時は周りの人たちにスペースを空けてもらい…。それはそれは気を遣います。幸い私はそれぞれ一泊ずつ2度でしたので良かったんですが、家が倒壊しての避難所の生活となった場合、長期になるためやはり福祉避難所を使わせてもらうということになりますよね。現実にそうなった時は、また違った問題できっと悩むことになるのでしょうが…。

続く
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