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「おじさんが逝ってしまいました」
     「おじさんが逝ってしまいました」
おじさんが亡くなりました。87歳だったそうです。おじさんと最後に会ったのは2年ほど前です。おふくろの七回忌の法事で会ったのが最後でした。最近調子が悪いという話も聞いていなかったので、知らせは本当にビックリでした。そして先日四十九日を迎えたそうで法事がありました。おじさんは私の亡くなったおふくろの妹のだんなさんです。私の実家の近くに家はあったので、私は小さい頃からかなりお世話になりました。
告別式の時、おじさん自身の若い頃の写真を次々と写す「メモリーズ」というフログラムがありましてね。当然私には見えません。よって静かに流れるBGMの中、私は「私のおじさんの想い出」を頭の中で勝手に写し出していました。おじさんは昔からスポーツ大好き人間でした。特に野球はかなり好きだったようで、プロ野球は熱烈な巨人ファンでした(長嶋さんの大ファンだったようです)。自らもソフトボールを楽しみ(守備位置は必ずサード)、時には審判もやっていました。私が小学校の時、町内ソフトボール大会がありましてね。私はキャッッチャーをやっていました。その時主審をしていたのはおじさんでした。私がキャッチャー位置に座るとそのすぐ後ろにはおじさん。試合が始まり私がボールを何球か受けると「もうちょっと後ろに座らないとバットに当たるぞ!」と声をかけてくれました。私はキャッチャーをやってからまだほとんど経験がなかったんです。私は「ハイ!」と少し後ろに下がりました。それでも捕ろうとして伸ばしたグローブに一度バットがかすったことがありまして、後ろを振り返ると「ほうら!」と言いたげなおじさんがウンウンとうなづいていました。その大会で私たちは見事優勝しましてね。表彰式後、大会関係者の人と話しているおじさんの横を通った私を呼び止めると「これはうちの○○です」と、まるで自分の息子のように紹介して喜んでくれました。

それから私が車の運転免許証を取った時、時々我が家の車の助手席に同乗してくれまして、私のまだ未熟な運転の練習に付きあってくれたことがありました。ある時、坂道を登っていて途中スピードが落ちて来たので私はトップからサードへシフトダウンしようとしたのですが、ナントいきなりローに入ってしまいましてね。すると車は突然ガッ・ガッ・ガッ・ガッという音とともに大失速!。その時たまたまおふくろも同乗していましてね。するとおじさんは「○○は今日かなり緊張してまーす、ハハハ」としらけたその場を和ませてくれました。

そして私がこの病気をやった時、処置を終え手術室から病室に戻るストレッチャーに乗って運ばれる私に向かって「おーい○○、もう大丈夫だぞ!」と大きな声をかけてくれました。私は「あの声はおじさんだ!」とすぐにわかりまして「おじさんまで来てくれたんだ…」とボーッとする頭の中で感謝していました。

おじさんとの想い出はこの他にもいっぱいあります。告別式で写し出された時もそれらのことを思い出して私は泣いてしまいました。今これを書いているうちにまた泣きそうになりました。おじさんはとにかく明るく元気、そして楽しい人でした。あんな元気な人がもう亡くなるなんて…。とても信じられません。一人残されたおばさんのことも気になります。ここであらためておじさんのご冥福をお祈りします。
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未分類 | 16:26:58 | Trackback(0) | Comments(0)
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