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普通の私 その2
     「普通の私 その2」
 小学六年生になった娘がある日こんな質問をしたことがあった。「お父さんは自分を恥ずかしいと思う?」。あまりにも突然の問いかけに私はちょっとギクッとした。何か自分でもわからない心の奥底にあったものを突然表に引っ張り出されたような思いだった。身障者として歩き出した新しい道もこの時四年程経っていて精神的にもそれなりに落ち着いて来ていた。入院中にリハビリの一つとして取り組んだのがワープロ。退院してから約一年後には念願であったパソコンを使用した音声ワープロをついに手に入れ、これを使い今の自分のいろんな思いをとにかくそのまま書きなぐっていた。毎日書き溜めたものを何度も読み返している内に今の自分の現実というものを客観的に見られるようになって来ていたのである。そんな時期に娘のこの質問、それに答えるには時間はかからなかった。「もう大丈夫、恥ずかしいことなんてないよ」と私はしっかり返事をして笑って見せた。学校で福祉の授業を受けたらしく身障者にはそれなりに複雑な気持ちがあることを知っての質問だったのである。私があまりにもあっさりと答えてしまったので安心したのか「そう、よかった」と言うと娘は元気よく部屋を出て行った。一人になった静かな部屋で今自分が答えた言葉をもう一度ゆっくりつぶやいてみた、”恥ずかしくない”。しかし何度か繰り返している内に頭の片隅から涌き出て来るようなかすかな思いが一つだけあった。それは二十数年前、私が最も輝いていたと自負する学生時代に何をするにもいつも一緒だった悪友達のことである。彼らには私の病について何も知らせていなかった。病に倒れる数年前に飲み会をやってからまったく音信不通であったが、特に知らせがないということは元気だとお互いにそう理解していたのである。若くて威勢が良くいつも笑顔だった悪友達という印象の中で今の私だけは場違いの人のように感じられた。それは恥ずかしいというよりもこんな姿になってしまって申し訳ないという思いが強かったからであろう。今会ったとしたら私はきっとまた泣いてしまうだろうと思った。
 家族の支えにより少しづつではあるが身障者という現実にもかなり慣れて来ていたが、そんな時ある事件が起きた。尿意を感じた私はいつものようにトイレに入り便座に腰を降ろし用をたした。ところが終わって立ち上がろうとして驚いた。何と尿が外へ漏れていてパンツもズボンもビッショリ。退院してから約六年、初めて失敗した。目が見えないのでこれだけはといつも気をつけていたのに。私はひどく落ち込んだ。その時「お父さん!、一回ぐらい失敗したからって気にすんなよ」と私の肩をたたきながら声をかけてくれたのは中学一年になった息子だった。この言葉はいつも私が子供達に言っているセリフなのである。息子はそれを私に使った。「ほな頑張りやあ!」と息子は変な関西弁を使いながら消えた。思わず笑ってしまった。私はやっぱり子供達によって生かされまた成長させられていると思った。私と接すること、姿を見ることによって子供達が何かを感じそこから何かを始めてくれたらとただ単純に考えていたのであるが、それはゆっくり動き出しているようだった。
 もう右手のことはすっかり忘れてしまって左手だけの生活も板に付いて来たようだ。この世にまだ縁があって生き返り与えられた試練もまだまだ続きそうであるが、そんな中家族の支えによって最近やっと「今が普通なんだ」と違和感なくそう思えるようになって来たことは、まさに私にとって大収穫なのである。そして今だったら悪友達ともきっと笑顔で会えるような気がしている。

終わり

最後の部分に「悪友達ともきっと笑顔で会える…」とありましたよね。実はこの文章を書いてからしばらくして内緒(?)にしていた私の病気のことがついにばれてしまいましてね(ニコ)。それから約半年後みんなと会うこととなりました。結果はやはり涙でした(クスン)。しかしこれは嬉し涙だったようです(ニコニコ)。

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未分類 | 14:17:07 | Trackback(0) | Comments(0)
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