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「息子の結婚、その8・レコードさん、さようなら」
     「息子の結婚、その8・レコードさん、さようなら」
続きです。

結局280枚あった中の109枚をMP3化してもらいました。MP3化に協力してくれた旧友のMにはここであらためてお礼を言います。M、本当にありがとう、感謝しています。この280枚を保管していた場所が今回リフォームする予定の二階だったんです。そこと一階部分を今回息子が結婚するということでリフォームすることになりましてね。要するに邪魔なレコードは早く片づけて!(トホホ)ということです。よってこの280枚のレコードをいよいよ処分することになりました。
連絡したのは熊本市内にある中古レコード屋さん。電話してみたら、200枚以上でないと出張買取は出来ないとのこと。「280枚ほどありますので大丈夫です」と伝えて、何とか来てもらうことになりました。その時尋ねられたことは「どういったジャンルをお持ちですか?」、「そうですね、フュージョンが多いです」と私。すると「フュージョンは安いですよ、もしかしたら値がつかないかも」という話でした。「うーん、それはちょっと…」と思いましたがここで断ったらまた他の中古レコード屋さんを捜さないといけないことになるし。よって「それでもいいですから、とにかく来ていただけますか?」と私。
こんなやりとりがありまして、数日後中古レコード屋さんは我が家にやって来ました。来てくれたのは二人。その一人が電話で話したオーナーのようです。二人は早速二階に上がりました。20分ほどで作業を終えて二人は降りて来ました。結局値がついたのは13枚、合計1800円でした。ちなみに値がついたのは吉田美奈子のアルバム(130円)・その他だったそうです。そしてあわただしく車に積み込むと「お世話になりました、またあったら連絡してください、それじゃ失礼しまーす」と帰りました(早っ!)。到着してから約30分、私が15年ほどかけて苦労して集めたレコードたちは、アッという間に姿を消してしまいましたとさ(クスン)。そんなもんです!。
いざレコードたちが居なくなってみても、意外とスッキリした気分で自分自身少し驚いています。それはやはり「ある程度はMP3化してある」といった安堵感がどこかにあるからでしょうね。本当にMP3化していて良かったとしみじみ思います。いい決断でした。それとmp3化という私の我がままなお願いを引き受けてくれた旧友のMに、ただ「感謝!・感謝!」です。





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未分類 | 14:34:28 | Trackback(0) | Comments(0)
「息子の結婚、その7・レコードさん、さようなら」
     「息子の結婚、その7・レコードさん、さようなら」
息子の結婚絡みでめずらしくアップが続いていて、私としても「そんなに続いていいの?と苦笑いしております(ニコ)。実際アップするネタはあったんですが…。しかし7月~9月にかけて我が家のリフォームをやっていましてね。リフォームはやはり息子の結婚絡みだったんですが…。その工事の音がそれなりにありまして、じっくり書くことが出来なかったんです。
よって今回はそのリフォーム絡みでまったく不本意ながら渋々やった「アナログLPレコード」を処分した悲しい悲しいお話です(クスン)。絡み絡みでかなりもつれまくっておりますが(ニコ)。でも人生というのは将来のために…、その前にはまずはこれをと、計画的にやるのはまあ当然のことかも、ですよね。なーんて、わかったようなことを言っていますが。とにかく今回はそれが一時期に続いただけということでしょう。そんな風に楽観的に考えていかないと…。こんなこと毎日忙しくしている家内に言ったら…、うーん、それは怖いことです(ドキッ!)。

話は元に戻して、「アナログLPレコード」を処分したお話です。私が中・高そして結婚してから数年間、買ったレコードはナント280枚。200枚あるかないかと思っていたら実際にはこれでした。学生の時はとにかくお金がなくて…。そんな中買いたいレコードはいっぱいあるし…。それで小遣いの範囲で何とか買ったものでしてね。レコードたちはそんな私の苦労?の末集めた宝物みたいなものなんです。2年ほど前、「将来はこのレコードたちを処分する日が来るんだろうなあ」と考えたらかなり寂しい気持ちになりましてね。それは考えれば考えるほど「実にもったいない!」という思いは大きくなるばかり。それで思いついたのが「レコードのMP3化」でした。それからのMP3化したお話は以前アップしていますので、もし良ければそちらをお読みくださいませ。
続く



未分類 | 15:59:10 | Trackback(0) | Comments(0)
「息子の結婚、その6・手紙」
     「息子の結婚、その6・手紙」
息子の結婚でもう一つお話がありまして、ついでにここで紹介しておきます。
挙式の一週間前に突然息子の親友のF君から電話をもらいました。それによると披露宴後に計画している2次回で披露する息子への手紙を書いてもらえないだろうかということでした。F君は2次回の幹事をしているとのこと。但し息子には内緒でということでした。
家内は忙しくしていてとてもそんな時間はないとのことです。「それだったら俺にま・か・せ・ん・か・い!」ということになりました。
2次回が終わって帰宅した息子たちによると、手紙を披露したらみんな泣いていたそうです(シクシク)。

ここから手紙です。

お父さんです。T朗、結婚おめでとう。あのT朗が結婚したんだよねえ。お父さんが記憶しているT朗の姿は、小学校に入学した直後のランドセルを背負ったそれはそれは小さい男の子の姿です。世間でよく言う「ランドセルが歩いている!」といった表現がまさにピッタリ。T朗たちには本当に悪いことをしてしまったと、今でも後悔しています。23年前、お父さんが突然この病に倒れた時、T朗は小学校に入ったばかりだったよね。それからはT朗たちには寂しくつらい日々を過ごさせてしまいましたね。もっと遊んであげていたら…、キャッチボールもしてあげたかった…、それは今おもいだしても悔しい気持ちでいっぱいです。本当に申し訳なかったと思っています。
T朗は小さい頃からとても優しい子供だったよね。お手伝いなどいいことをした時「こりゃあ、やさしかねえ!」と褒めるととても照れくさそうにしていた顔が忘れられません。その優しさはお父さんが病気してからも続きました。約1年半の長い入院生活をおえてやっと退院したお父さんは身も心もボロボロで落ち込みまくっていました。何も出来なくなってしまったお父さんが子供たちにしてあげられることは?、と考えたあげく出て来たのは「話し相手になろう!ということでした。T朗は学校が終わって家に帰って来るとすぐお父さんの部屋に来てくれたよね。そしてその日学校であったことを次々と元気に楽しく話てくれました。それにお父さんは一生懸命応えました。確かに「帰って来たらお父さんの部屋に来てよ!」と言ってはいましたが…。こんなに素直にしかも毎日。これは小学校を卒業するまでずっとだったよね。お父さんは嬉しくて、拓朗が部屋を出て行ってからこっそり泣いていたんだよ。そのおかげでお父さんはとても癒されて・癒されて…、思っていたよりかなり早く立ち直れたと思っています。T朗としては病気のお父さんのために何か…、ただそれだけだったんでしょうが。助かりました、本当にありがとう。
この手紙はお父さんの思いを書きました。お母さんもおそらく同じ思いのはずです。しかし母としてはそれ以外に息子の結婚となるといろいろと複雑な思いがきっとあると思います。だからたまにはお母さんに「優しい声」をかけてあげてくださいね。
これからはとにかくAちゃんと仲良くね。それじゃ、お父さんでした。




未分類 | 14:34:37 | Trackback(0) | Comments(0)
「息子の結婚、その5・挙式と披露宴」
     「息子の結婚、その5・挙式と披露宴」
披露宴の続きです。
控室には事前にベッドを準備してもらっていました。おそらく疲れて少し横にならないといけないような状態になるだろうと思っていたんです。ベッドを控室に準備していた方がいいと勧めてくれたのは我が家にリハビリにいつも来てくれている医師会病院の看護師のTさん。これはやはり大正解でした(Tさん、ありがとうです!)。20分ほどベッドで休んでかなり元気になった私は、再度会場にいざ出陣!。私には最後に両親への花束贈呈での「両家を代表しての挨拶」という大仕事が残っていたんです。そしていよいよプログラムは花束贈呈へ。まず新婦があちらの御両親への感謝の思いを手紙に書いたものを泣きながら読みましてね。私はそれを聞いていて「う・う・う」とかなり危ない状態になりましたが「泣くな・泣くな!」と必死に耐えました。泣いてしまうとその後に控えている私の挨拶がボロボロになってしまいますからね。そしてついに私の出番です。2ヶ月ほど前から準備して練習していた挨拶です。先ほどの新婦の感謝の言葉は思い出さないように…、記憶していた内容をやや滑舌は悪かったですがどうにか話すことが出来ました(フーッ!)。
その後新郎・新婦と両家の親は廊下に出て出席者の方々のお見送り。大勢の方々からあらためてお祝いの言葉をいただきました。本当にありがとう、感謝・感謝です。ここで「お父さん、挨拶 とっても良かったですよ!」と二人から声をかけていただきました。疲れて倒れそうになっている中、私にとっては一番の元気回復剤でした(ニコ)。






未分類 | 13:50:08 | Trackback(0) | Comments(0)
「息子の結婚、その4・挙式と披露宴」
     「息子の結婚、その4・挙式と披露宴」
息子が結婚しました。今年の2月にあちらのご両親に初めてお会いしてから8ヶ月、まだまだ先の話だと思っていたらアッという間にその日がやって来ました。私自身結婚式・披露宴に出席するというのは、まさに25年ぶりのことです。かなり浦島状態ですよねえ。よって式や披露宴は25年前とはかなり様変わりしていましてね。まず挙式は「チャペル」とやらでした。私はチャペルでというのは初体験でした。私は当然音だけしか聞こえません。よって新婦がお父さんとバージンロードを一緒に歩いて来るという感動的な場面はまったくわかりませんでした。その後外人の神父さんが英語で何やら話ていて、時々日本語で息子たちに話しかけていたので、その時だけ何をやっているのかどうにか想像してわかりましたが…。それ以外はさっぱりでした(トホホ)。
驚いたのは披露宴です。宴が始まる20~30分前に会場に入って席に着くと、「ウェルカム・ドリンク」というサービスがありましてね。そこでは各自で好きな飲み物をそれはそれはグビグビ!。そしていよいよ披露宴開始。新郎・新婦双方の会社の上司さんがそれぞれ挨拶。それから乾杯となりました。静かだったのはこ・こ・ま・で!。洋食コースの前菜を食べ終わった頃にはその場はまるで「居酒屋」。ワイワイ・ガヤガヤとうるさいのなんのって!。失礼ながら私にとってはもう騒音でした。この一気の盛り上がりの原因は「ウェルカム・ドリンク」です。あれで冷えていたエンジンがほどよく温まり…。乾杯の声でついにスイッチが入ってしまったようです(シギャピーッ!)。続いてはそれぞれの友人による挨拶。。この時も周りはワイワイ・ガヤガヤと絶好調。せっかくいい話をしているのに。私は話を聞こうと耳をダンボにして…。しかし聞こえません。会場は相変らずワイワイ・ガヤガヤ、誰も聞いていないんです。友人はせっかく時間をかけて準備したんだろうなと思うと…。実に残念でした。ここはやはり司会者がそれなりに注意しないとね(口うるさいおっさんの意見でした、ごめんなさい)。
披露宴が始まって約1時間、洋食コースは三つ目のスープ。周りは相変らずの状態。そんな中、家内と姉夫婦は細かく動けない私に代って出席者の方たちに挨拶回りしてくれました。本当に有り難いことです。私はというと、周りの騒音(ごめんなさい)で疲れてしまいもうヘロヘロ。騒音の中にずっと居ると、騒音をシャットアウトしようと神経はそれに集中します。それは眉間にシワを寄せてグッと何かに耐えているような感じなんです。すると首から肩にかけてとにかく痛くなりまして…。そう、自然と力が入るんでしょうね。もう倒れそうになりました。よって私は娘に頼んで控室に連れて行ってもらいました(ヘロヘロ)。

続く…。



未分類 | 16:31:47 | Trackback(0) | Comments(0)

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