■プロフィール

ピョン吉

Author:ピョン吉
FC2ブログへようこそ!

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック

■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
「看護スタッフの皆さん、本当にお世話になりましたね」

   看護スタッフの皆さんへ

入院中は大変お世話になり本当に有難うございました。
約三ヶ月もお世話になっていたんですよねえ。私自身そんなに入院するなんて思ってもいなかったのでその長さに驚いています。いざ我が家に戻ってみると家は寒いし…。知っているはずの家の中ですが、私の頭の中の地図が微妙に違っているんです。Wさんが言っていたように退院前に一時帰宅してテストしておけばと反省したしだいです。次回からはそうしましょう(オイまた行く気かい!)。

三ヶ月という長期になりましたが実はその長さをあまり感じない日々でした。それは看護スタッフの皆さんのとてもとてもユニークなキャラが私を楽しませてくれたからです。せっかくだから名前くらいは覚えてあげないとと、一生懸命覚えました。

毎朝食事の時見回って来ては大きい声で挨拶してくれたM師長(食事している姿を見るだけでその人の体調が分かるというお話にはただ感心するばかりでした)。

私の所に来ては「私は誰でしょう?」と言っていたM主任(そんなこと聞くのはMさんだけだからすぐ分かるのにねえ)。

他人の話に横からちょこっと口を出してはサラット冗談を言うW(HITOMI)隊長さん。 ご指導・ご鞭撻有難うございました。

オシッコを尿取りパッドにした時その量が多かった場合、「あっ、タップリ」と言うその言い方がとてもカワイカッタS(南野陽子)さん・声もやわらかくていい感じでした。

ちょっとおっちょこちょいですがやさしさいっぱいのTさん(おっちょこちょいを含めてTさんですからね)。

いつもハツラツとした感じのMさん(元気をもらいました)。

子供を相手に話しているようにちょっと甘えたようなしゃべり方をするMさん(お魚料理にはお世話になりましたね)。

背中がシャキッと伸びているようなUさん。

いつもシャカシャカと忙しそうに動いている感じのMさん。

しゃべり方は一見冷たいように感じるが実はとても温かいF(同級生)トモちゃん。

普通はどんなしゃべり方をしているのかちと気になる低音のUさん。

ちょっとおちゃめな感じで明るいNさん。

最後までNさんと間違いそうになっていたTさん(最初にトントンと言いながらやって来るのがTさんでしたよね)。

私の娘と同じくらいのMさん(ガ・ン・バ・レ)。

終盤リハの送迎で大変お世話になったN(小林聡美)さん(一生懸命さがいいよね)。


他にもNさん・Kさん・Nさん・Hさん・Mさん・Iさんなどは時々やって来ては声をかけてくれました。   特にIさんの八代弁丸出しのトークには大笑いしました。

最後になりましたが主治医のY先生にはそれはそれはお世話になりました。特に熱退治にはかなりのご苦労をおかけしまして申し訳ありませんでした・(私のおバカな質問にも実に丁寧に答えていただきました)。

皆様の今後のさらなるご活躍を心から願っております。



スポンサーサイト
未分類 | 11:02:38 | Trackback(0) | Comments(0)
「正直 ちと焦りました」

腸「閉塞はどうなったの?」、高熱が続く中私はこれが気になっていました。そして熱がやっと治まってみても腸閉塞の原因の詳細については結局分からないということでした。とりあえず状態は良くなりましたが、約二ヶ月も寝ていたので身体中の筋肉がすっかり衰えてしまっていたのです(トホホのホ)。それについては当初からある程度予想はしていたのでPTだけは少しずつやっていました。といっても高熱の合間にS先生にベッドサイドに来てもらい身体を動かしてもらっていたのです。S先生(旧姓M先生です)とは15年ぶりでしてね。私が脳内出血をやった時にPTを担当してもらったのがM先生だったのです。あの時は女優の田島令子さんに声がそっくりと思っていたんですが、15年も経ってみるとその感じは微妙に違っていて、それなりに歳月を重ねて落ち着いた声になっていたようです(ニコニコ)。「先生とは腐れ縁ですな」と私が言うと先生は笑っていました。
三ヶ月の入院で約2ヶ月が寝たまま、そして終盤の一ヶ月がリハビリに励んでおりました。PTだけではなくOTそしてSTも訓練していましてね。実は嚥下障害も出ていたんです。二ヶ月も寝ていたら身体中の筋肉が衰えてしまうんですよねえ。飲み込みまで悪くなるなんて本当に驚きました。二ヶ月前までは普通に出来ていたことがすっかり出来なくなっているんです。これには自信を無くしてしまいましたね。しかし悩んでいてもどうしようもないんです。とにかくリハビリを集中的にやらなければと主治医にお願いしました。目標としては車椅子に一人で乗り移ることが出来るようになる、これが最低限やらなければいけないことでした。よって終盤の一ヶ月は朝から夕方まで一日中リハビリをやっておりました。私は正直なところちと焦っていたようです。「リハビリは焦ってはいけない」というのは十分分かっていたつもりでしたが…。「焦るな、焦るな」と毎日自分に言い聞かせておりました(よしよし)。きつい毎日でしたがこれをやらないと家には戻れないんですよね。それをいいプレッシャーとして受け止めていましたので決して嫌ではなかったんです(ちょっとは嫌でした、ニコ)。
そして約一ヶ月後、私が勝手に予想した日程通りに退院することとなりました。しかし一気にリハをやったので基礎体力というものが今一つ足りないようです。これは退院してから生活する中でじっくり回復させて行くつもりです。




未分類 | 10:40:14 | Trackback(0) | Comments(0)
「お騒がせしましたね。ごめんなさい」

ブログ再開後の第一回目としてはやはり腸閉塞での入院生活についてお話ししなければと思います。
突然の腹痛でした。お腹全体が痛いんです。それは胸が締め付けられるようでして激痛でした。かかり付けのドクターも当初は心臓を疑ったほどでして心電図検査をまずやったようです。色んな検査をやって結局腸閉塞と判明したわけです。
かかり付けの内科では対応出来ないとのことで転院することとなりました。転院先の診断では当初10日ほどの入院とのことだったようです。とりあえず食事をしながら様子を見るという計画だったようですが、尿路感染・肺炎・胸部そして胆嚢の辺りに水が溜まるといった問題が次々と発生、38度を越える高熱が毎日続いて本来の腸閉塞については後回しとなったようです(なんだようそれは)。
私はこの時のことはあまり覚えていないんです。高熱のため頭がボンヤリして半ば死んでおりました(トホホ)。夢ばかり見ていたようです。夢から覚めても変なことばかり口走っていたそうです。夢で見たことを現実に起きたことと勘違いしていたんです。今でもしっかり覚えているのは「私は死んでしまう」とマジでそう思っていたことです。そしてまた夢を見ました。私はついに「死んだ」と思いました。近くに居た看護師さんに「私はすでに死んでいる」などとわけの分からないことを真剣に語っていたようです。それを言うのなら「お前はすでに死んでいる!だろ?」と看護師さんに鋭く突っ込まれてしまい「そりゃぜんぜん弱いじゃん」と笑われてしまいました(ショボショボ)。「私は死んでいるんですよね?」と続けて言う私に「死んだ人がしゃべりますか!」とまた笑われてしまいましたとさ(どうなってるのかなあ)。
目覚めた時もそんな変な思いはしばらく続いておりまして「私は死んでいないのかあ、生きてて本当に良かった」としみじみ思い涙が出そうでした。それほど高熱が続きうなされていたようです。
今思うとバカバカしい話ですよねえ。とにかく看護師さんたちには大変ご迷惑をおかけしたようです。お騒がせしましてごめんなさいです(ペコリ)。





未分類 | 13:42:22 | Trackback(0) | Comments(0)
復活しました。

お久しぶりです。丸四ヶ月も書き込みをしていませんでした。どうして?かというと、パソちゃんのご機嫌が悪かったのではなく、私の身体のご機嫌が悪かったのです。腸閉塞とやらで約三ヶ月も入院しておりました。この病気、それはそれは痛いんです。早い話糞詰まり(失礼)だったんです。出る物が出ないんですから痛いはずですよね。こんな激痛はもう嫌です。今後は十分お通じには気をつけてやって行きたいと強く心に誓いましたよ。車椅子での生活ですからどうしても運動不足になりがちでしてね。今までもお通じには注意していたはずなんですけど、やってしまいました。とにかく運動と水分の摂取をきちんとやってお通じを良くしておくことが重要です。毎日お通じがあることをこころがけて生活しましょう。私の突然の入院で何人かの方にはご心配をおかけしまして大変申し訳ありませんでした。これからブログやメールをまた再開したいと思いますのでよろしくお付き合い下さいませ。

とりあえずご挨拶でした。



未分類 | 13:27:13 | Trackback(0) | Comments(0)

FC2Ad