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「待つ」ことは大切です。でも忘れないでね。
私はこの病気をやってから知ったこと・学んだことがいくつかあります。リハビリが始まってからはまず「集中力」というものでした。これはリハビリの一つとして取り組んだ陶芸をやったことで自然と身についてしまいましてね。それはその後更に挑戦したワープロで大いに力を発揮しまして、歩行訓練などすべてのリハビリにおいて私を強力にサポートしてくれました。このお蔭で今の私があると言っても決して過言ではないでしょう。
知ったこと・学んだことの中で最も大切にしなければと思うのは「待つ」ということです。今までごく普通に動いていた手足がある日突然動かなくなるのがこの病気です。私に断りもなしにですよ。まったくひどい話です。ちょっとでも先に言ってくれたら心の準備が出来ていたのにねえ(ほんまかいな、ニコ)。私の場合は更に視力まで失いました。右の手足の自由と両目の視力、これを一度に失ってしまうとやはりかなりつらいものがあります。こんな状態では例え目の前にある物でも分からず、分かっていたとしても自分だけではどうしようもない時がありましてね。そんな時は誰かに頼むことになります。入院中は看護師さんですよね。やさしい看護師さんはすぐにやって来て手助けしてくれましてまさにスーパーウーマンでした(ニコ)。時には忘れられてかなり後になってということもありましたが、たまたま都合が悪かったんだろうからまあ仕方ないかと理解するようにしていました。思い出して来てくれるだけでも良しとしなければいけません。とにかく自分本位で考えず必ず相手のことを考えて「待つ」ということを覚えましょう。これは私たちの最低限守らなければならないマナーだと思うんです。その用事が緊急を要するかどうかは相手には分かるはずですからね。家庭でも同じです。家族に用事を頼んだらとにかく「待つ」ことです。すぐにやってもらえないといって怒ってはいけません。私たちは家族の協力によって生活出来ているわけですから「待つ」のは当然なんです。「待つ」ことを知れば感謝という気持ちもより自然で大きなものになるようです。
最も困るのは完全に忘れられてしまうことです。これは入院中のことですが私は病院内のある場所に居て病室に戻るために看護師さんのお迎えを待っていました。しかしいくら待ってもお迎えが来ないんです。「あじゃー忘れられたよう」。運の悪いことにその場所は人通りが少なくとても寂しい所なんです。「車椅子の男性、待ちくたびれて死亡!」なあんていう新聞の見出しが頭に浮かびました(ニコ)。幸いなことにかなり遅れてやって来たスーパーウーマンによって助けられましてそんな記事にならなくて済みました(フゥー)。私はちょっと腹が立ちましたがそれよりも「よく来てくれました」と感謝の思いの方が大きくて心は涙でした(大げさなヤツです、ニコ)。まあこれは特別なことかも知れませんが…。とにかく忘れないようにお願いしたいものです。



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未分類 | 11:03:39 | Trackback(0) | Comments(0)
退屈であるかないか、それは本人が決めることです。
「毎日何ばしよっとね?」
「リハビリしたりラジオ聴いたり…、後はパソコンですねえ」
「フーン、そやんかい。そりゃ退屈かろなあ?」
「いやーそやんなかですよ。結構なんやかんやあってですねえ」
「いやあ退屈かろ!」
「いやいやもう慣れたけんですね」
「そやん言うたってちゃ退屈かろたい?」
「大丈夫ですけん」
「フーン…」

以上はある人との会話です。我が家を訪ねて来る人ですが私の部屋まで来てこんな会話をして帰ります。年に一回ほどですが、毎回同じ会話なんです。ハッキリ言って疲れます。「やはり分かってもらえないよね」と大きい溜息が出てちと暗くなります。毎回こんな状態だったんで何回目かの時、私は逆のことを言ってみました。
「退屈かろな?」
「ハイ、退屈です」
すると納得したのか
「退屈か退屈か」とブツブツ言いながら部屋を出て行きました。
病気直後はもうすべて失ってしまい何も出来ないと思い激しく落ち込みました。子供達とも遊んであげられないしレジャー・食事・映画・ショッピングなどにも出かけられないんです。好きでやっていたビデオ撮影もこれからは出来ないんだと考えるとそれはつらかったですねえ。そうそう、仕事も出来ないんでした(大事なことを忘れていました、ニコ)。そんな状態からリハビリのお蔭でやっと立ち直り始めたんです。もう何も出来ないと考えていたのが、陶芸をやりワープロをやり、また手足にも少しずつですが力が付きどうにか歩けるようにもなりました。私にも出来ることがあるんだと思えるようになったんです。そして退院してからは実生活に早く慣れるために私なりに忙しくしていました。パソちゃんが我が家にやって来てくれてからはもう夢中でしてね。ゆっくりですが私は自分に出来る範囲を広げて行ったんです。そんなことで自信がつきました。私は正直なところ退屈だと思ったことはありません。お蔭様で「退屈だ」と感じるほど時間を持て余すことはなかったんです。何でも出来た昔と比べるなんてまったく意味がないことです。私はそんな時期はもう過ぎたんです。そう言えば最近退屈したことがありましたっけ。大事なパソちゃんがお亡くなりになった時です(クスン)。あの時は何もすることがなく本当に退屈しましたね。あれは現在出来ていることがパソちゃんの事情で仕方なく出来なくなったわけですからちと意味が違いました。自分は出来るのに相手の都合で予定していた時間が空いてしまったらそれは退屈ですよねえ。
「退屈だろう?」とただ単純に決め付けるような言い方は止めて下さい。溜息が出るだけです。もしかしたら退屈だと思っている人が居たとしてもその質問はしない方がいいでしょう。それを他人に言われると更につらくなり落ち込むかも知れませんからね。患者は敏感です。健常者はもっと想像力を持って会話して下さい。さてこの来訪者ですが、私の部屋までわざわざやって来て挨拶してくれるんだから感謝しなければと思うようになりました。普通そこまでやってくれる人は少ないですからねえ。本当に有難いことです。



未分類 | 11:06:19 | Trackback(0) | Comments(0)
友はいいよねえ、夢で会いましょう。
知り合いが訪ねて来てくれるのは本当に嬉しいものです。退院してからすぐにやって来てくれたのは会社の同僚たちでした。彼らは入院中にも見舞いに来てくれましてね。当時私は知り合いと会うのがやはり苦手でした。自分自身こういう姿になってしまったことが信じられずひたすら落ち込み泣いてばかりの日々でしたからね。そういった精神状態の中で知り合いがせっかく来てくれても冷静には会話出来ないんですよね。知り合いもそんな私の姿を見るのはつらかったでしょう。しかしこの同僚たちは違いました。病室に入って来ると私を気遣ってか、いきなり以前のように面白い話を次々と連発してくれました。それは私に話す隙間を与えないほどでしてね。私はずっと笑っていました。そんな彼らが退院後我が家に来てくれたんです。私も自分の現実をようやく受け入れてかなり落ち着き始めていた頃でして大歓迎でした。丁度忘年会の時期だったんです。私が忘年会になかなか出席出来ないことをこれまた気遣って「それなら」と我が家でやってくれることになりました。驚いたことに「お土産」がありましてね。それは以前彼らとよく行っていた居酒屋で私が好んで食べていた物でした。「よく覚えていてくれたよねえ」と私はその心遣いがまたまた嬉しくてもう泣きたくなりましたよ。会社の話から始まって昔のミスした話など笑えることからちょっとキュンとなることまでいろんな思い出話が出ましてね。私は残念ながらアルコールはほとんど飲めなくなっていましたが、その雰囲気で気持ちはかなり盛り上がっていました。気付くと夜の12時を過ぎていましてね。夕方6時から始めたのでナント6時間以上もやっていたんです。笑い過ぎてちと声がかすれてしまうほどでしたが、実に楽しい時間でした。やはり友はいいものです。以前と変わらない付き合い方で普通に接してくれただけでも嬉しかったのに、私のことをとにかく気遣ってくれている思いがジンワリと伝わって来まして、鼻の奥がちとツーンとしました。本当にありがとう。友に感謝です。
その夜夢を見ました。出演者は同僚たちです。マシーンがトラブっていたり上司に怒られていたりと内容としてはまずいものでした。でも目覚めた時それは気分良かったんです。「マジでこんな場面が多かったよねえ」と思わず笑ってしまいました(やはり夢は正直なものです、ニコ)。夢の中とは言えみんなと久しぶりに仕事が出来たことがとても嬉しかったんです。また夢で会いましょう。


未分類 | 11:29:12 | Trackback(0) | Comments(0)

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