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雨のち曇り時々晴れ、「時間が薬」
この病気をやってからそれは色んなことについて考えました。まずこの病気について、それから家内や子供達、仕事、生活などについて飽きるほど考えました。とにかく考える時間だけはたっぷりありましたのでじっくりやりました(ニコ)。それは自問自答の世界でしてハッキリした答えなどは見つかりませんでした。あれもこれも出来なくなってしまった、これから先も一生出来ないんだと夢も希望もないと絶望視していたようです。そんな私を見守る家族も大変だったと思います。どんな風に声をかけたらとその対応については私と同様に家族も苦悩したはずです。そこで今回から患者の複雑な思いとそれを支える家族の対応方法についてなどなど、私なりにまとめてみたいと思いますのでよろしくお付き合い下さい。尚、文中には地元の熊本弁がビシバシ出て来ます。その方が本人の正直な気持ちがハッキリと出て来るように思いましてね。分からない言葉は雰囲気で読んで下さいませませ。


     [雨のち曇り、時々晴れ]

 突然の病気やケガで大事な自分の身体に障害が残ってしまった時、それはみんな落ち込みますよね。障害は手や足など人それぞれ少しずつ違いますがつらい思いはみんな一緒です。病気やケガの直後はすべての現実が信じられずにただひたすら怒り泣き苦しむ日々なのです。しかし人はそんな谷底からやがて這い上がって来るようです。その時間はまたそれぞれでして、ある人は超特急で、ある人は三歩進んで二歩さがるといった具合でゆっくりゆっくりです。これはその人の性格というものもあるようなので仕方ないことなのかも知れません。要するに他人と違って当然なのです。人間は個性というものがあります。だからこれも個性だと思って下さい。他人と比べることは止めましょう。それが出来たら不思議に力がスーッと抜けて気楽になり意外とすべてがうまく回転して行くように思います。焦ることはまったくありません。谷底から這い上がる、立ち直りにかかる時間はそれぞれですが、その過程というものは大筋でみんな一緒のようです。みんな同じような階段を少しずつ上がって普通の人に戻るのです。


     「時間が薬」
「何で俺がこやん病気にならんとあかんとや。何か悪かごつば俺がしたて言うとや!」。病気直後私もそうでした。こんな姿にしたのは誰なのか、自分は決して悪くないと目の前の現実を分かろうとせずすべてのことを拒絶しようとします。これは認めることが怖いのだと思います。今までの自由に手足が動くといった生活から、ある日突然に自分ではどうしようもない不自由な生活に入り込んでしまうのですから当然ですよね。これからどうなるのか、身体は?・仕事は?・家族は?・生活は?といったように次から次に出て来る問題に対して苦悩し時には泣いたりします。こんな時周りはどう言ってなぐさめてやればいいのかとこちらもまた悩むことでしょう。本人はとにかく怖いのです。そんな精神状態の中では前述したようないろんな悩みについて言いたいし聞いてほしいのです。この悩みには結論は要らないと思います。本人もそれまでは望んではいないのです。ただ聞いてあげるだけで十分なのです。「うんそうよねえ、つらいよねえ」と答える程度で絶対に否定せずすべて肯定し受け入れてあげて下さい。つらい気持ちを誰かに分かってほしい、聞いてほしいという思いでいっぱいなのです。それを言い終えたらある程度落ち着くようです。それからはまさに「時間が薬」ですよね。少しでも落ち着いたら人は必ず次のことを考えるものです。決して焦らずゆっくりね。

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未分類 | 15:09:59 | Trackback(0) | Comments(0)
ついに退院、みんなに感謝です。
ついに始まったPTでの歩行訓練もM先生やT先生たちの熱心な指導でなかなかいい調子となり、一方OTでは畳から立ち上がって階段昇降という訓練も何とか形にはなって来ていました。それとOTでは陶芸に続いて取り組んだワープロという内職(ニコ)も絶好調でして、相変わらずの充実した日々(のん気なものです、すみません)を過ごしていました。そんな夏も終わろうとするある日、突然主治医から「退院」という言葉を聞きましてね。「退院」という響きはいいですよねえ。私にもそんな時期がついにやって来たんです。
突然の腹痛で救急車を呼ぶことになり、あれよあれよという間に右半身がマヒし、更には光をも完全に失ってしまいました。すべてのことが突然過ぎて一体私に何が起きたのかまったく分かりませんでした。それがやっと理解出来たと思ったらそれからは涙涙です。深ーい深ーいところまで落ち込みました。いやいや私は精神面の弱さを露呈してしまいました(トホホ)。それにしても人間という生き物はよーく出来ていますよねえ。超高性能に創られたとてもとても不思議な生き物なんです(これを創った人はノーベル賞ものですよね)。しかしこんな素晴らしいものも頭部にダメージを受けると場合によっては自分ではどうすることも出来ない状態となってしまうんです。そういった意味ではとてもデリケートですよね。今までごく普通に動いていた手や足が突然動かなくなるんです。この感覚は例えようのないとても不思議で怖い瞬間なんです。どうして?、何故?といくら考えてもまったくわけが分からず頭の中は大混乱となります。やがて自分の状態についてと・り・あ・え・ず理解すると後は「どうして俺なんだよ!」とどこにもぶつけようのない怒りで自分を苦しめます。人間は超高性能に創り上げられていますが「マシーン」ではないんです。思考力と感情を持った魅力的な生き物なんです。だから一筋縄では行かないんですよね。入院するなんて生まれて初めての経験だった私はそれだけでも信じられなかったのに、障害者となってしまったことに驚きひたすら落ち込むばかりでした。それはリハビリどころじゃなかったんです。患者はそれぞれ苦悩します。その思いをしっかりと受け止めてあげる精神面のケアも含めた総合的なリハビリがとても重要になると思います。当初落ち込んで「リハビリなんて」とまったくやる気のなかった私でしたが、主治医や看護師さん、そしてPTのM先生やOTのY先生、更にはリハビリや看護学校の学生さんたちに助けられてやっと自分を取り戻すことが出来ました。私はいい先生とスタッフに出会えて本当に良かったと思います。そうそう忘れていけないのは家内と子供達です。何気ない会話は荒れ果てた私の心をゆっくりと癒してくれました。心と身体のリハビリは私を普通の人に戻してくれたんです。「たかがリハビリ、されどリハビリ」でした。みんなに感謝の気持ちでいっぱいです。
「退院」という主治医からの嬉しい言葉を聞いてから一ヶ月後、約一年半に渡る長期入院生活にやっとサヨナラして私は我が家に戻りました。一年半なんて今では考えられないですよねえ。よくそんなにおいてくれました。私の状態をしっかり診て判断してくれた主治医の温かい配慮にはとにかく感謝です。退院するということでOTのY先生は私にリハビリの自主トレメニューを作ってくれました。毎日通院してリハビリするというわけには行かないので、自宅で出来る最低限のリハビリメニューでした。それともう一つありました。それは足を乗せる台です。15度の傾斜をつけた木製の台だそうで、椅子に座って両足をこの第の上に乗せるらしいんです。台はつま先上がりとなっていますので足首から先がやや上向きになるというものです。不自由な右足は歩く時間が少なくなるとどうしても緊張が強くなり徐々に足先が下がってしまうことがあるそうです。そうなると歩行に支障が出て来るかもというお話でしてね。よってこの台に10分間ほど両足を揃えて乗せることで足首を伸ばし、その緊張をやわらげるというものらしいんです(こんな説明で良かったのかなあ。もし間違っていたらごめんなさい)。こんな台を私の退院に合わせて用意してくれていたんです。ちゃーんと色も塗ってあるそうでしてね(ニコ)。私はY先生からの退院祝いと思い有難くいただくことにしたのでした。Y先生、本当にありがとうございました(ペコリ)。




未分類 | 15:09:22 | Trackback(0) | Comments(0)
杖はセンサーです。そしてT先生ありがとう。
熊本も朝晩はさすがにちと冷えるようになって着ました。でも昼間はまだ20度ほどありますのでその気温差がいけません。ゆるんだりしまったりと身体がついて行かないんです。油断は禁物です。そろそろ私の苦手な寒い季節となります。気合を入れて行きましょう。
さてさて今回も歩行訓練のお話ですがよろしくお付き合い下さい。私は三つの「気」というものを考えました。「明るく元気を出して、歩くぞとやる気を持って、怖くないぞと勇気を持って」です。まったく笑ってしまいますよね。そんな真面目くさいことでもつい真剣に考えてしまうんです。確かに毎日の歩行訓練はつらくて逃げ出したいくらいでした。でも歩けないから逃げるにも 逃げられないんです。「歩けないと退院も遠いよね」と思い渋々訓練する日々でした。そんな私もとりあえず倒れることはまったくなくなりましてちょっとだけ自信がついて来ましてね。ある日フロア内が混雑していたので、それなら廊下に出て歩こうということになりました。その頃私の歩行訓練はどうしても時間がかかってしまうので、M先生に代わってT先生(男性です)が担当してくれていたんです。廊下で歩こうと言い出したのもこのT先生でした。車椅子で廊下まで連れて行ってもらいました。すると「さあここからまっすぐな廊下だから左側の壁に沿って歩いて下さい」というT先生の声が聞こえましてね。私は早速立ち上がって左手の杖を壁に当てて、それからゆっくりと歩き始めました。数歩進むと何か不思議な感じなんです。歩くのがとても楽でしてね。スピードも上がっているようです。確かにいつもとは違いました。T先生もそれに気付いたようで「今日は調子いいねえ」と言ってくれました。分かりました。それは杖で壁に当てることで進む方向が決まるんです。それが決まると後は右足を出す方向がだいたい分かります。ややずれても次の杖で進む方向を修正したらいいわけです。進む方向が決まると後は倒れないように歩くことに専念出来るんです。それまでは倒れないようにそして出来るだけまっすぐにという二つのことに神経を遣っていました。その一つである進む方向を心配する必要がなくなれば、後は倒れないようにとそれだけに集中出来るわけです。杖はまさに目の代わりになるセンサーでした。いやー、こんなに違うものなんですよねえ。私は感心しまくりました(フムフム)。
それからの歩行訓練のコースは変わりました。まずPT室からフロアを歩いて出入り口に向かいます。そこを廊下に出て壁沿いを直進します。そしてもう一方の出入り口からまたPT室に入り元の位置に戻るといったコースです。室内がそれぞれ10メートルほど、そして廊下が同じく10メートルほどでトータル30メートルくらいだったんではと思います。私にとってはかなりの距離でしたね。室内はヨチヨチ歩きでとにかくゆっくり、しかし廊下に出ると突然別人のように歩き方が安定しスピードも上がるんです(T先生はどう思っていたのか分かりませんが、ニコ)。ある時、リハビリ仲間のじいちゃんにいつも付き添っていたばあちゃんが私の廊下での歩きを見たらしく、突然小走りでやって来ると「努力だよねえ、頑張れ!」と声をかけてくれましてね。「ありがとうございます」と私はちょっと照れくさいような思いでしたが、とても嬉しかったことを今でもしっかりと覚えています(褒め言葉に弱いヤツです、ニコ)。私はほんの少しだけですが自信がついたように感じていました。
T先生との歩行訓練はそれからさらに激しく(ニコ)なりましてね。廊下では飽き足らずついに外に出て歩こうということになりました。中庭には舗装した小道がありましてね。そこは舗装した部分とそうでないところの境目に草が生えていたんです。その部分を杖の先で探し「カサカサ」という音を頼りに歩きました。壁と同様に草という目印があると後は歩くことに専念出来るんです。7・8月の暑い時期でした。汗は当然かなりかいていたはずですが私はそれをほとんど感じなかったようです。それだけ集中していたんでしょうね。とにかく必死だったんです。それはもちろん私自身のためそして応援してくれた家内や子供達のためではありましたが、暑い中毎日私の歩行訓練に付き合い適切なアドバイスをしてくれたT先生の熱心な指導に少しでも応えたかったんです。T先生、本当にありがとうございました。感謝感謝です。



未分類 | 15:22:49 | Trackback(0) | Comments(0)
子供達の「がんばれ!」、これには弱いんだよねえ。
さて今回も歩行訓練のお話です。「とにかく難しい」、これが正直な感想です。何とか始めたものの私にはかなりハードでした。ちょっと慣れたところでその日は終了。そして次の日になるともう昨日のことは忘れてしまっているんです。やっと覚えた歩行の感覚、特にタイミングのコツなどすっかり忘れていましてね。だからその日はまた最初からなんです。そう簡単にいかないとは分かっていました。しかししかし。さすがに私もちとあせりました。リハビリは決してあせってはいけない、これはそれまでのリハビリで私が学んだ教訓でした。それなのにあせってしまうんですよね。もし歩けなかったら…、なんて弱気なことを真剣に考え始めたりしましてね。あまりにも自分にプレッシャーをかけ過ぎだったんでしょうねえ。患者はみんな極端な考え方をどうしてもやってしまうようです。
こんな弱気な気持ちを吹っ切ってしまうには結局訓練するしかないんです。無我夢中でやっていると先は自然と開くようです。とにかく気持ちを切らず忍耐強くですね。私もほんの少しずつですが歩く形にはどうにかなって来ましてちょっと落ち着きました。そんなある日、いつものように歩行訓練をしていると突然小学3年と2年になった子供達がやって来ましてね。歩く私のやや右下の方から「がんばれ、がんばれ」と小さい声がするんです。それは子供達の声でした。ちょっと周りに気を遣っているのかささやくような声でしてね。小さいながらも大きな声援なんです。私は急に胸が熱くなりました。それからはヘロヘロになりましてもう訓練どころではなくなってしまいました。「子供さんが来たらダメみたいね」とM先生に言われてしまいましてね。うん、そうなんです。だって子供達にあんなこと言われたらお父さんはもう…(クスン)。さらにやる気を出した私でした。
歩行訓練において私は注意したことが二つあります。一つはとにかく倒れないことです。目の見えない私はどうしても平行間隔が悪かったようです。倒れそうになってもすぐには分からなかったようで、かなり傾いてからあわてて対応するといった具合でした。そんな状況もそれまでのOTやPTで基本的なリハビリを続ける中で少しずつですが改善されて来たようでした。しかし杖で歩くとなるとやはり怖かったんです。とにかく倒れないように、そういつも思いながら慎重に慎重に歩いていました。注意する二つ目としては出来るだけまっすぐに歩くということです。不自由な右足の歩幅はどうしても小さいんです。一方それに続く左足は右足よりやや前方に行ってしまいます。それをそのまま繰り返すと私は徐々に右へ右へ行ってしまうんです。放っておいたらぐるっと一周して元に戻って来るかもね(ニコ)。見えていたらこんなことはありません。歩きながら修正したらいいわけですからね。当初はとにかく倒れないように歩くだけでしたが、少し慣れて来てからは出来るだけまっすぐに歩くことを心がけました。歩いていると「ちょっと左」などとM先生
の声がありましてね。修正しながら歩くのは大変でした。私は「倒れずにそして出来るだけまっすぐに」、この二つのことを歩行訓練の課題としました。二つのことに神経を遣うのでとにかく疲れました。歩くスピードもボチボチでしてそりゃ遅かったですねえ。亀さんに完全に負けていました(ニコ)。


未分類 | 14:43:29 | Trackback(0) | Comments(0)

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