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病気の原因は石?…。私はそう確信しています。
陶芸というと思い出すことがあります。それは陶芸を始めてから1ヶ月ほど経って面白さが少し分かり始めた頃でした。その日の朝、病棟のベッドでスヤスヤと(ニコ)眠っていた私は突然下腹の痛みを感じて目覚めてしまいました。チクチクした痛みはどこかで感じたような…、と寝ぼけた頭でしばらく考えていた私は「あ・あれだよう!」とついに思い出したんです。それは救急車で運ばれた時の痛みと同じだったんです。この先の展開はどうなるか想像しただけで怖くなった私は「こりゃヤバッ!」と早速ナースコールしました。やって来た看護師さんに状態を説明している間に痛みは益々強くなり、キリキリといった感じに変わって来ましてね。血圧を測った看護師さんは「あっ、大変!」と何とも気になるセリフを残して姿を消しました。「なんだようそれは」と私は目の前が真っ暗になりました(元々真っ暗闇でしたね、ニコ)。
診察の結果は尿管結石でした。その後数日間薬を飲みましたが改善されないので結局カテーテルを入れて石を取り除くことになりました。石は無事に取り除かれまして一安心したわけです。とにかく激痛でしたね。あれは血圧も上がりますよね。最初測ってくれた看護師さんにその後あの時の血圧値を尋ねたらナント200を越えていたそうです。すごい値ですよねえ。私はこう考えました。救急車で運ばれた時もこの尿管結石だったんです。結石の痛みに耐えている内に血圧が徐々に上がったんです。それと初乗りだった救急車に余計に興奮してしまいそれらが重なって血圧が異常に上がったんです。そして…。泌尿器科の先生にそこら辺りのことを尋ねてみましたが、それは考えられるが断定は出来ないというお話でしてね。そりゃそうですよねえ、推測だけでそんなこと言えるわけないですよね。じゃその後石は?、それだけで脳内出血するの?、などと疑問はいくつかありますが私はこれが原因だったと思っています。いや正確に言うとこれが原因だと確信したかったんです。やや無理やりといった感じですが、そうでも思わないと原因について今後ずっと分からないまま不安な気持ちを引きずって行かなければならないわけです。それは嫌でした。だからここで確信し結論付けることでとりあえず終わりにしたかったんです。
それからもう十数年経ちましたがお陰様で痛みはありません。しかし私はその間結石のことがやはり気になっていましてね。あれが結石だったとしてその後新たに結石が出来ないとは言えないわけですよね。よって年に一度は必ず腹部エコー検査をやっています。これは最低限の予防だと考えてやっているんです。もうあんなこと絶対嫌ですからね。お腹の痛みは決して油断したらいけません。これは私の教訓です。


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未分類 | 11:29:33 | Trackback(0) | Comments(1)
明日のためにその一、それは集中力と忍耐力でーす。
陶芸は思わぬ効果を私に与えてくれました。前回お話ししたようにまず達成感と満足感です。もう何も出来ないと思い込んでいました。しかし私の目の前には自分で作った作品が実際にあるわけです。それは触れてはっきりと分かる物なんです。成果が形となって出て来る物はいいですよねえ。まさに感動でした。私はほんの少しですが自信を取り戻したように思いました。それは達成感と満足感というものからきっと生まれて来たんでしょうね。そしてそれと同時に私は新しい力を身につけたんです。それは集中力と忍耐力です。私にとっての陶芸はまさに慎重 にやらなければいけません。そのためには神経を集中し過ぎるくらいにやらないとイメージしたような結果は得られないんです。こんなことがありました。私が陶芸をやっていることを聞いたある患者さんは陶芸の見学にやって来ましてね。私もその人の話に付き合いながら作業していたんです。その時は最後の行程であるお尻に台を作る作業をやっていました。中心部分を削って台を作る作業は内側を薄くして行くため慎重にやらなければならないんです。それは私もよく分かっていたんですが…。運の悪いことに隣りで見ていたその人が突然私に声をかけましてね。「えっ?」と答えた瞬間、私は持っていた彫刻刀に思わず力が入ってしまいましてね。嫌な予感がしました。私はそっと中心部分を触ってみました。「あーあ、やっちまったよう「、そこにはまーるい貫通した窓が見事に出来ていましてね。それはまるで満月のような綺麗な穴でしたとさ(トホホ)。やはり中途半端な集中ではダメなんです。それだけに集中しないといけないんです。その失敗事件以降、誰かがそばに居る時には作業をしないことにしました。見学に来てくれた人もそこら辺りのことは気遣ってくれたようで、私が作業しないと自然とサヨナラしてくれました(ごめんなさい)。
忍耐力に関しては私自身ちょっと驚きでした。正直言って今までの私はそんなに忍耐力がある方だとは思っていなかったんです。どちらかと言うと苦しみからはすぐにでも逃げてしまいたい方でしてね(ニコ)。しかし病気をやり手足が不自由になり、その上目が見えなくなってしまったというこの現実からはもう逃げられないんです。悪戦苦闘する中でそろそろここであきらめろとささやく声と、あきらめたらもう明日はないぞと激励する声が交互に聞こえて来るようでしてね。それはまるで自問自答する修行僧の世界のようでした(そんな世界知ってるのかよ!、ニコ)。陶芸は自分だけの世界を創りそれに入り込めるんです。そんな時は自分を忘れてしまうようでしてね。私は陶芸を通して耐えることを知り、そして自分自身をしっかりと見つめ直すことが出来たように思います。
陶芸で味わった達成感と満足感はとにかく気持ち良かったですねえ。そして集中力と忍耐力を身につけたことは私にとってまさに大収穫だったんです。またまた調子に乗った私はそれらを大いに活用して、次のステップとしてワープロなるものに挑戦することになるんです。


未分類 | 15:06:36 | Trackback(0) | Comments(0)
達成感に満足感、うーん陶芸はいいですよねえ。
陶芸のお話はさらに続きます。どんぶりのような(ニコ)大きな茶碗ですが、内側の階段状の部分を削ってすり鉢状に滑らかにするのも苦労しましてね。階段部分の角に彫刻刀を斜めにしてそっと当てます。すると角が少しずつ削れて行くわけですがこのそっと当てるという作業がかなりデリケートで難しいんです。当て方があまりにも弱過ぎると当然削れないし、またちょっとでも強いと削り過ぎて後の手直しが大変なんです。私は神経を彫刻刀の先端に集中しました。手ごたえがあったので「よっしゃ!、削れた」と思って指で確認してみたらほとんど削れていなかったりしましてね。そんな時はまた神経を集中して再度やるわけですが今度は逆に削り過ぎることが多かったりでもうなさけなくて泣きたいほどでした(トホホ)。「見えてさえいたらなあ」と視力のないことをあらためて悔しく思いましたね。でもそんなこと今さら言っても…、ですよね。ここで止めたら私はまたあの暗い日々に戻ってしまうと思ったんです。それは絶対嫌でした。せっかく始めた陶芸、誰のためでもなく私自身のこれからのために止めるわけには行かなかったんです。「ようし、やったるか」と私はやり続けました。視力を失って落ち込み泣いてばかりの日々でしたが、リハビリを続けることで精神的に落ち着きある程度割り切ったものがきっと出て来ていたんでしょうね。
さて内側をやっと滑らかにした後、次は外側を斜めに削り込みます。お尻に近い部分は少し丸みをつけるんです。「やったあ出来た」、ここで終了と思ったらまだありましたよ。茶碗を引っくり返してお尻に台を作る作業がまだありましてね。これを作ってついに完成です。私は10日ほどかかってやっとどんぶり(ニコ)じゃなくて大きな茶碗を作り上げました。とにかく嬉しかったですねえ。何と言ったらいいのか分かりませんが、達成感みたいなものがあったようです。私はもう何も出来ないと思っていました。しかし実際出来上がった作品に手で触れてみると形ある物がそこにあるんです。目には見えませんがこれは確かに私が作った物なんです。私にも出来たんです。それは達成感とともに満足感というものもあったようです。それもこれもY先生の熱心な指導があったからこそなんですね。とにかく手のかかる生徒だったと思います。うまく調子に乗せてくれたY先生と、うまく乗せられた私に拍手です(パチパチパチ)。
調子に乗った私は(ニコ)その後4ヶ月の間にお皿・湯飲み茶碗・花瓶・コーヒーカップなどなど9個の作品を作りました。この時期の私は毎日が楽しくてそれはそれはかなり充実した日々でした。1時間の陶芸の作業が終わると隣りにあるPT室にY先生に連れて行ってもらいました。到着するとすぐにマットに寝転んでPTのM先生の登場を待つわけですが、この時の気分は最高でしたね。満足感のある心地良い疲労感でいっぱいでして、たまにはうっかり眠ってしまうこともありましたっけ(どうしようもないヤツです、ごめんなさい)。それほど気持ち良かったんですよねえ。今やって来た陶芸についてペラペラとよくしゃべる私にM先生は笑いながら上手に付き合ってくれましてね。そんな時間も私にはとても幸せで嬉しかったんです。


未分類 | 11:14:18 | Trackback(0) | Comments(0)
どんぶりじゃないよ。いよいよ陶芸開始です。
陶芸は初体験でした。以前テレビなどで陶芸をやっているのを見たことがあります。土をこねてろくろの上に乗せ、濡れた両手で形作って行く様子は何となく面白そうでした。たまには力が入り過ぎたのかクチャクチャにつぶれてしまう場面もあって、なかなか難しそうに思ったりしましたね。まあいつかチャンスがあればぜひやってみたいと考えていたわけです。そのチャンスが病気をしたこの時点でやって来るなんて、実に人生は分からないものですよね。Y先生も陶芸は好きなようで、この病院の看護師さんたちの陶芸のお世話係をやっていたようです。聞くところによると作業療法士は作業療法の一つとして陶芸をリハビリの学校で習うそうです。だからY先生なんですね。いやいやそうだったんですねえ。
陶芸の最初の行程としてまず土を練るという作業があります。これがきつい作業でしてね。両手を使って自分の体重を利用して練り上げるわけです。私は左手だけですのでこの作業はちょっと無理でした。よってY先生がこの行程だけは先に準備していてくれたんです。私は最初から楽をしてしまいました(ニコ)。練り上げられた土はろくろの中心にセットされました。第一作目としては茶道でお茶を飲む時に使う大きな茶碗を作ることにしました。まあ分かり易く言うとどんぶりですな(ニコ)。Y先生はまずろくろの操作方法を教えてくれました。私の左側の奥にだるま形レバーがありまして、それを手前に倒すと回り始めます。さらに倒すと回転速度が徐々に上がるようになっていますので適当な速度になった点で止めて作業することになります。完全に停止する時にはいちばん奥までレバーを戻すわけです。実に簡単ですよねえ(最初から調子に乗っております、ニコ)。
ろくろの中心にセットされた土の塊は直径20センチ高さ10センチほどの円筒形でしてね。作り方としては15センチくらいの細い棒の先に小さい金属片の付いた、そう彫刻刀のような道具を使って削るらしいんです。あれれ、手を濡らしてやるんじゃないんですね。やり方はいくつかあるそうですが私はこれでやるらしいんです。そうですよねえ、手を濡らしてなんて…、すごいことになりますよねえ。身体はもちろん周りも汚しまくり、陶芸をやっているというよりも服を汚しているといった感じでかなり悲惨な結果になるでしょうね。そりゃ想像しただけでもう笑ってしまいます(ニコ)。さてこの彫刻刀のような道具ですが、いくつか種類があるそうで用途によって使い分けるらしいんです。先端を触ってみるとなるほど平たいヤツ・丸いヤツ・角張ったヤツなどありました。その中の一つをY先生に選んでもらっていよいよ作業開始です。レバーを手前にゆっくり倒すとろくろは回り始めましたよ。まずは内側を深く掘り下げることから始めました。最初円の中心をさがします。目の見えない私にはそれをどうやってさがすのか分からなかったんです。Y先生は私の持っている彫刻刀に手を添えて回る土の中心部分辺りに持って行ってくれました。すると立てている彫刻刀はじっとしていてまったくずれないんです。そこが中心なんです。そこからちょっとだけ左右に動かすと彫刻刀は中心をはずれて円を描くようにクルクルと回ります。位置がずれない点、そこが中心なんです。なるほどなるほど、これで中心をさがすんですね。中心部分をさがし当てるとそれまでそっとつかんでいた彫刻刀にグッと力を入れて下に押し下げます。約1~2センチでした。すると丸い穴が空きましてね。ここが中心でして作業の基点となるわけです。次はその穴を徐々に広げて行く作業です。彫刻刀を垂直に立てて穴に入れた状態から左方向に(つまり横方向です)力を入れるとあら不思議、少しずつ穴は大きく広がって行くではないですか(面白いよねえ、ニコ)。そして土の端から1センチほど残した位置まで広げます。深さは1~2センチでしたよね。次は中心に戻ってさらに1~2センチ掘り下げます。そしてここからさっきのやり方で垂直に立てた彫刻刀を左方向に力を入れるとまた穴は広がって行くんですね。今回は土の端から2センチ、つまり前回止めた位置のちょっと手前まで広げて止めるわけです。すると前回のと段差が出来ますよね。この作業を数回繰り返すと端が階段状となるんです。これは茶わんをすり鉢状にするための作業なんです。そうあの石炭の露天掘りのような状態ですね(昔中学の教科書で見たような…、違っていたらごめんなさい)。次の作業としてはその階段状になっている部分を削って徐々に滑らかにして行きます。なるほどなるほど、こうやってすり鉢状にするんですねえ(ウンウン)。
こういう風に書いていると実にすんなり順調に進んだように思われそうですよね。ところが実際には一つ穴を広げるのにかなり苦労しましてね。陶芸は1時間やることになっていました。私はその1時間に一つ穴を広げるのが精一杯だったんです。中心をさがすだけでそれはそれは神経を集中しなければいけません。さらに穴を広げるのは当然のことながら慎重にということになります。私は正直疲れました。しかしそれは心地良い疲労感だったようです。私は実に短時間の内に陶芸というものにすっかりハマッテしまっていました。



未分類 | 14:36:14 | Trackback(0) | Comments(0)

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