■プロフィール

ピョン吉

Author:ピョン吉
FC2ブログへようこそ!

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック

■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
脳内出血、これからどうなるの?
前回の続きです。もう聞きたくない?、まあそう言わずよろしくお付き合い下さいませませ。
腹痛で救急車に乗ったのに、病院に着いたらナント脳内出血。一体どうなっているのかさっぱり分かりませんでした。おそらくお腹の痛みはなくなっていたんでしょうねえ。痛みというのは全身どこにも感じていなかったようです。とにかく頭がぼんやりしていて考えようとしてもまったくまとまらなかったんです。思ったのはただ一つ、私はこれからどうなるの?、それだけでした。それから眠ったようです。
「ああ痛いよう!」、気付いたのはとにかく全身が痛かったからです。目を開けるとそこはICUでした。当然その時の私にはそこが何処なのか分かるはずがなく、後日家内から聞いて分かりました。とてもとても全身が痛いのです。特に背中から腰そしてお尻が痛いんです。私は普通やっているように寝返りをしようとしました。しかし、力が入らないんですよ。左半身の手足はどうにか動こうとしているようですが、右半身が動かないようなんです。これは左右のバランスが悪いのでうまく寝返り出来ないんですよね(やけに冷静なコメントをありがとう、ニコ)。おかしいと思いながら何度かまたやってみたのですがやはり同じです。「どうしてこんな簡単なことが出来ないんだよう!」、突然涙が出て来ました。それから泣きながらまた眠ったようです。これが我が身に起きた現実を知った瞬間でした。
また目が覚めました。全身が痛くてもう我慢出来ません。目を開け辺りを見回すと左手のすぐ近くにベッド柵があります。「よしこれだ」と私は左手で柵をつかんで身体を捻ってちょっとだけですが腰を浮かせることに成功したんです。「やったあ!、気持ちいいよう」と喜んだのもつかの間、「あらあらそんなことしちゃダメ!」と突然やって来た看護師さんのレフリーストップが入って、私の必死の挑戦はあえなく終了したのでした。やっと見つけたこの気持ちのよくなる方法、これをそう簡単にあきらめるなんて出来ないですよねえ。よってそのご何度も私の挑戦は続いたんですが、ことごとく看守・いや失礼・看護師さんに見つかってしまい、ついには右足首を柵にくくられてしまいましたとさ(トホホ)。これは安静にしていなければいけない状態だったわけで、まあ仕方なかったんでしょうね。




スポンサーサイト
未分類 | 14:34:04 | Trackback(0) | Comments(0)
プロフィールをもっともっと。ついに救急車、初乗りです。
昨日病院に出向いてのリハビリは休みました。胸の痛みがまだ少しあったので休みました。かなり回復して来ているようなのでここで無理はしなかったのです。
今回は私のプロフィールをもう少し詳しくお話ししたいと思います。
そんな尋ねられてもいないことをわざわざペラペラとしゃべらなくても…。いやいやいいんです、しゃべりたい年頃なんですよ、ニコ。
地元の半導体工場に勤務していた私は、1992年4月30日脳内出血を起こして病院に運ばれました。しかしこの時の状況はというと、まず腹痛が始まりだったのです。下腹の突然の痛みにしばらく耐えていた私でしたが、もうここまでだと家内に救急車を呼んでもらったのです。救急車には一人で歩いて乗りました。車内のベッドに横になった私は、右足のヒザを立て右手は胸の上に乗せ目は閉じていました。ヒザを立てていた方が痛みが少ないように感じたからです。しばらくすると車は右カーブに入りました。その途端私の立てていた右足と右手は突然下に落ちたのです。私には何が起きたのかさっぱりでした。「足を上げんね!」と言う付き添ってくれていた家内の声が遠くに聞こえました。
「お腹が痛いと言いまして…」と到着した病院の先生に説明する不安そうな家内の声。「そう35歳、若いねえ」、それから「お名前は?、お歳は?」と私に尋ねる若い感じの先生の声が耳元で大きく聞こえていました。でも私は話せないのです。口を開けてしゃべろうとしても声にならないのです。ロレツが回らないのです。この時点でも私には私の身体に何が起きたのか分かっていなかったのです。ただ大変なことになってしまったんだということだけは何となく感じていたようです。そしてとにかくオシッコがしたかったのです。やっとそれを伝えると看護師さんは「チューブ入れてるからそのままやっていいよ」とのお言葉。私のチンコには挨拶もなしに(ニコ)すでにチューブがしっかり挿入してあったのでした。診察した先生はこんな状態の私を「普通の腹痛でやって来た患者じゃない」と、きっとそう思ったはずです。
当時私は35歳、妻一人(お約束のおやじギャグです、すみません)、そして子供二人という普通のおじさんでした。




未分類 | 15:38:48 | Trackback(0) | Comments(0)
脇腹が痛いよう。明日はリハビリ、痛みが取れますように。
ここ数日胸が痛いのです。残念ですが恋の病ではありません。そんな思いはすっかり忘れてしまいましたよねえ。懐かしいなあ…。
いやいやそんなことではなく、胸が痛いのは5日ほど前のことなんですけど車椅子に乗り移ろうとした時にバランスをくずしてしまったのです。
あわてた私はとっさに上半身に力を入れ捻った状態で車椅子に座ったのです。その途端左の胸が痛くなりましてね。左のビーチクのちょっと左(おいおい、そこまで詳しく言うなよ!)です。
今日は少しはいいようです。明日は病院にリハビリに行く予定なのです。痛みが取れたらいいのですが。
2年ほど前にも右の脇腹を痛めたことがあります。この時はベッドに横になって思いっきり背伸びをしたんです。その途端やりました。日頃マヒしている方ですので突然力が入ってしまい、のんびりしていた筋肉が怒ったのでしょうね。
そんなことがあったのでその後は例え背伸びと言えどもぜったい油断せず気合いを入れてやっていたんです。背伸びに気合い、おかしいですよねえ。しかしマジでそうしているんですよ。
私たちの病の後遺症である半身マヒというのは健常者からはまったく想像の出来ない世界なんです。力が入らなくなってしまった手足はとにかく重いんです。しかも冷たいのです。動かないから血行が悪くなりどうしてもこうなるんでしょうね。そんな腕をぶら下げているわけですからしばらくするとマヒしている側の後頭部から首筋そして肩全体が痛くなって来ます。これは仕方ないことなんでしょうねえ。この痛みが出ないようにするにはいつも動かすことです。リハビリは病院だけでやるものじゃないんです。自宅に居る時でも常に動かすことを心がけなければいけません。自主トレをさぼったら痛みが出ると覚悟していいでしょう。運悪く痛みが出たらリハビリは思い切って休みましょう。無理は絶対いけません。まず身体を休めてください。と言う私も時々痛みが出ます。これはパソコンと遊び過ぎと家内からは怒られますが。ちなみに痛みが出た時の私の対処方法は湿布です。この病と長く付き合っていると痛みが出て来る気配が分かるのです。それを少しでも感じたら即湿布です。私の場合は右側後頭部のちと下の首筋に一つ、そしてそのすぐ下の右側肩甲骨のちと上辺りに一つ貼るようにしています(健康ガイドでした 笑)。
とにかく私たちの病はまずすべてのことを素直に受け入れていろんな状態に慣れることが大切のようです。そこから少しずつ普通に戻る生活が始まるのです。



未分類 | 14:45:28 | Trackback(0) | Comments(0)
「ぴょん吉です、よろしく」
こんにちは、ピョン吉です。ついにデビューしました、よろしくです。
以前からいつかきっとと思っていたのですが、ついに実現したわけです。
まったくの素人で右も左も分かりませんがとにかく始めてみました。

今こうして楽しめるのも温かい家族と病院スタッフの方々の支えがあったからこそなのです。特に手を変え品を変え私のリハビリを担当してくれた作業・理学療法の先生方の熱い指導には感謝感謝です。
だから先生たちの方には足を向けて寝られないとマジでそう思っているのです。

病気直後から早速始まったリハビリは、当初まったくやる気のなかった私に少しずつですが身体と気持ちをその気にさせてくれたのです。
今考えると実にうまい指導だったと思います。先生たちは患者の性格などそれぞれに合った指導をするようで、私もうまくやられてしまいました(笑)。
そんなうまくやられた話や私を支えてくれたすべての人に、ここであらためて感謝の思いを込めてつらつらと書いてみたいと思うのです。
今日はまずはご挨拶でした。


未分類 | 15:02:38 | Trackback(0) | Comments(0)

FC2Ad