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「訪問リハビリ、10年となりました、その2」
     「訪問リハビリ、10年となりました、その2」
続きです。

私のリハをサポートしてくれる看護師さんはTさんの他に二人います。これはもしTさんが都合で訪問出来ない時にピンチヒッターとして我が家に来てくれる人です。まずSさんです。Sさんは一言で言うと「真面目でしなやか」な人です。高2と小5のお母さんで今子育て真っ最中です。もう一人はKさんです。Kさんはスタッフの中で「最も若手!(ニコ)」という人です。何事もテキパキとこなすフットワークの軽い人です。一見おとなしそうですが実は根はかなり強いと思います。何しろ長淵つよしの大ファンというから十分想像出来ますよね(ニコニコ)。Kさんは小1の子供さんのお母さんでしてこれからが子育ての本番です。

それから訪問看護ステーションのチーフであるNさんを紹介しておきます。以前にも何度かブログにアップしましたが、Nさんはとても声のいい人でして「吉永小百合さんみたいだ」と私があまりにも連発したので、最近ではちょっと引かれてしまったのでは?、と少し反省しておりますが…。とにかくその声はソフトで魅力的です。退職後はぜひ朗読ボランティアをやっていただくことを熱望します。それから事務処理担当のTさんには毎年一度誕生日月に撮っている写真の編集をやっていただいています。毎年写真周りをどう飾るか?そのデザインを決めるのにいつも苦労をおかけしているようでまったく申訳ありません。まあ土台がいいので顔の修正は要らないはずですからお許しくださいね(ニコ)。
それから当初は毎週来ていただき、具体的なリハメニューを作っていただいたPTのY先生にも感謝しています。最近はすっかりご無沙汰していますがお元気でしょうか?。久しぶりにY先生の愚痴話も聞きたいものです(ニコ)。

週2回我が家に来ていただいている看護師のTさんたちは、この病をやってから誰かと新しく知り合うといった機会がすっかり少なくなってしまった私にとってはとても大切な人たちです。それは家族以外世間の空気を私の元に運んで来てくれるわけでして、とても貴重な人たちです。ここであらためてお礼を言います。「いつもお世話になりまして本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。感謝! 感謝!」です。


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未分類 | 17:41:36 | Trackback(0) | Comments(0)
「訪問リハビリ、10年となりました、その1」
     「訪問リハビリ、10年となりました、その1」
今私が特に体調をくずすこともなくこうして普通に生活出来ているのは、我が家にわざわざ来ていただきやってもらっている「訪問リハビリ」のおかげなんです。その訪問リハビリを始めてから今年で丸10年となりました。10年かあ、アッという間でしたよねえ。よって今回はその訪問リハをやっていただいている八代市医師会病院のスタッフの皆さんに感謝の思いを込めてここであらためて紹介しておきたいと思います。

まず看護師のTさんです。Tさんは10年前訪問リハを始めた時からずっと担当してくれている人です。年齢は内緒ということで…。私よりは確実にかなり若いです(ニコ)。Tさんのことを一言で言うと「明るくてとてもおしゃべり」な人です。そのおしゃべりはそんじょそこらのおしゃべりとは大違いでして「筋金入り!」なんです。いやいや「正真正銘の」いやいや「右に出る者はいない」いやいや「八代市で二番目の(なんじゃそれは!)」という人です(ごめんなさい、ペコリ)。でも一般的におしゃべり好きな人は自分から一方的にしゃべるだけでこちらの話はほとんど聞いていないようです。でもTさんはその後やっと(ニコ)話す機会を得た私の話をしっかり聞いてくれまして、それなりの答えを必ず出してくれるんです。その辺りがただのおしゃべり好きな人とはかなり違うところです。それと話の守備範囲がとても広いんですよねえ。こちらからいろんな話題を振ってもそれは見事に返してくれます。スルーするなんてまったくありません。もし不得意な話題であっても「よくは知らないんですが…」と前置きしてからそれなりに一生懸命応えてくれます。得意な話題は大河ドラマです。歴史物が大好きだそうで、私の知らない人物関係について質問するときっちり答えてくれまして私としてはかなり勉強になります。
肝心のリハもそんなおしゃべりをしながらやるわけですが、当初はTさんのおしゃべりを聞きながら私はただ黙々とリハをやるといった格好でした。しばらくして私にちょっとした余裕が出て来ると私もまけじとおしゃべりして応戦しました。最近ではほとんどそんな格好です。このおしゃべり・いや会話は私にとってはSTの訓練の一つとして受けとめています。おかげさまで当初話す時によく咳き込んでいた私でしたが最近ではかなり改善されて来たようです。Tさんとのおしゃべりは決して無駄ではなかったようですね(ニコ)。私がTさんに付けた愛称は「一家に一人 Tさん!」、それと「医師会のレジェンド Tさん!」です。大変失礼しました(ペコリ)。

その2へ続く…。



未分類 | 17:27:17 | Trackback(0) | Comments(0)
「姉ちゃん夫婦はアメリカ行きです」
     「姉ちゃん夫婦はアメリカ行きです」
姉ちゃん夫婦がアメリカに出発しました。3年ほど前に勤め先の転勤でアメリカのインディアナ州に行っている長男家族に会うためです。3人の孫たちに会うことと、せっかくアメリカに行っているんだから今のうちにアメリカ内を観光したいというのが目的です。めったに行けない所ですからこのチャンスにぜひ!ということです。実は兄さん 飛行機が大の苦手!でしてね。アメリカ行きもかなり考えたようでして、ここはもう清水の舞台から…、といった心境でしょうね(ニコニコ)。約10日間滞在して帰りは7月9日の予定です。私たち年ては何ともうらやましいことでして「いいよねえ!」を連発しております(ニコ)。
とにかく無事に元気で帰国することを願っています。



未分類 | 16:24:50 | Trackback(0) | Comments(0)
「じいちゃん、おかげさまでまた助かりました」
     「じいちゃん、おかげさまでまた助かりました」
我が家のじいちゃんが入院しました。病名は狭心症です。実は3回目なんです。17年ほど前が最初でして、それから数年後に2回目をやりました。その時に主治医から「食事制限がまったくできていない!、このままだったら死ぬよ!!」ときつく注意されていたそうです。この2度目にカテーテルでステントを2カ所入れて、最初の2カ所と併せてこの時4カ所となっていました。この食事制限なんていうやつはじいちゃんは大の苦手です。家族の注意なんて当然聞かず…、その後定期診察にはまったく行かず…。食事も以前と変わらずの状態がずっと続いていました。そして先日3回目の入院となりまして…。ステントは更に3カ所入れたそうです。ステントは合計7カ所となりました(フーッ!)。このカテーテルでのステントという技術があるから助かったようなものです。これがなかったらとっくの昔にあの世に旅立っていたことでしょう。ステントを7カ所も入れている人はそんなにはいないでしょうからね。まずこのステントさんに感謝するべきです。まさにステント様様です。本当に有難いことです。
じいちゃんは2週間ほど入院して先日退院して来ました。さすがに今回は反省したのか、今のところ・お・と・な・し・くしているようです。まあこれは以前2回あった退院直後も同様だったので簡単には安心は出来ませんが…。この状態が長く続くことを私たちとしてはただ祈るばかりです(アーメン)。


未分類 | 17:05:51 | Trackback(0) | Comments(0)
「あれから…、四半世紀となりました」
     「あれから…、四半世紀となりました」
4月30日、今年もまた私の「命の記念日」がやって来ました。今年はナント25年!という一つの節目の年となります。「四半世紀!」ですよねえ…、いやいやすごいことです。これを今あらためて考えてみるとアッという間のようですが、じっくり思い返してみると、あんなことがあった…こんなこともあった…と思い返すとやはりそれはそれは「長ーい・長ーい!」年月でしたよねえ。昨年は熊本地震が発生した直後で余震がバリバリの状況の中だったため、この記念日のこともほとんど思い出すこともありませんでした。この日以降のことを思い返すとつい暗ーい気持ちになるので出来るだけ忘れようとしていますが…。嫌なことを思うと脳には良くないと言いますよね。つらい事を思い出してまた落ち込んでしまう悲観脳よりも楽しい事や好きな事を考える楽観脳の方がずっと健康的でいいですよねえ。突然以前の嫌な気持ちを思い出してしまった時には「いやダメダメ!、忘れろ忘れろ、たまにはカレーを食べたいよねえ!」などと、無理やり気持ちを切り換えています。よって記念日は忘れないようにしますが、それからのつらい事柄についてはもう思い出さないようにします。その方がきっといいよね(ニコ)。


未分類 | 14:09:16 | Trackback(0) | Comments(0)
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